2012年4月3日火曜日

優秀作品 「カナカナ虫の鳴きやむころ」 関下斉

八戸童話会 創作童話集 おとぎの森 No.3 より


「コンコンコン、コロコロコロ」

「・・・・・・・・?」

「コンコンコン、コロコロコロ」

「ねえ、お母さん。何の音。ぼくこわい。」

「シィッ。すぐにいなくなるから。」

「・・・・・・・・」


「ほら、もうだいじょうぶ。安心しておやすみなさい。」

「でも、おかあさん。あれは何の音。」

「そうね。あなたは初めて聞く音ね。あれはね、人間の子供が私たちのお家を太鼓のようにたたいて遊んでいるのよ。いい音がしたでしょ。」

「じゃあ、コロコロコロてなあに。」

「それは、キツツキさんのいたずら。だから安心しておやすみ。」

「そっか。もうちょっとねむろ~と。おやすみなさい。」

ヒグラシが鳴きやんで、真っ赤な空が紫色にしずんでいきます。

「お母さん、カナカナ虫が休んだみたい。もういいよね。」

「どれ、どれ。ほら、キーキーキーてチゴハヤブサの声が聞こえているから、もうすこしがまん、がまん。」

太鼓の木からチリチリチリと虫のような声がこぼれ、大きなコウモリが飛び出しました。大きなコウモリはチッ、チッ、チッとかすかに聞き取れる声でリズムをとりながら、ヒラリヒラリと長者山の森を飛び回ります。

ウスバカゲロウ(あり地獄のお母さん)・カナブン・ヤブカ・蝶や蛾の仲間、稲を食べるウンカなど、夜の長者山を飛び交う虫達がコウモリの餌となります。

コウモリは人間にとって都合の悪い虫をたくさん食べてくれるので昔の人は大切にしていました。ところが、最近になって吸血鬼ドラキュラの作り話が有名になってコウモリは嫌われるようになってしまいました。


飛びつかれたコウモリの子供が木にぶら下がります。お母さんが近くにやってきておっぱいをくれます。木にぶら下がったお母さんにしがみついてまるで人間の赤ちゃんといっしょです。

おっぱいを飲み終わったコウモリの子供が不思議そうに地面を見つめながら、

「ねえ、お母さん。あれなあに。赤や黄色の地面にころがるの。」

「どれどれ。あっ、そうか。いよいよ始まるのね。」

「えっ、なにが。」

「それは、ないしょ。朝になればわかることよ。それよりも、今日は朝おそくまで起きていてもいいから、いっぱい遊んでおいで。」

「えっ、朝おそくまで起きていてもいいんだね。ぼく、一度でいいから朝日を見てみたかったんだ。いいよね。ね。」

「ええ、年に一度のことだから。」

東の空が少しづつ夜明けの色を染めるために白んできたころ、コウモリの親子はシジュウカラの巣穴にやってきました。

「シジュウカラさん、お家に入れてくださいな。」

「どなたかと思えばコウモリさんではないですか。あぁ、あなたが来たということは、今年もいよいよですね。」

「そうですの。今年もいよいよですの。よろしくお願いします。」

「どうぞどうぞ、私たちは日が暮れるまで帰りませんからご自由にお使いください。」

シジュウカラの親子は、紫、そして真っ赤に染まる空に飛び立ちました。

「キーキーキーキーキー」

杉の木にしがみつきながら移り変わる空の色に見とれていたコウモリ親子の頭の上で突然チゴハヤブサの声が響きました。

「うわぁー、たいへん。急いでお家にはいらなきゃ。」

「だめよ。うごいちゃだめ。」

「・・・・・・・・」

「ほら、小鳥たちをごらん。桜の葉の裏に隠れて、じっとしているでしょ。動いたら見つかってしまう。」

コウモリの子供がお母さんの見つめる方に目を向けると、確かにシジュウカラの親子がブルブルとふるえながらも身動き一つせずに隠れています。コウモリの子供もみんなと同じように必死に杉の木にしがみつきました。でも体がひとりでにブルブルふるえて、シジュウカラの「チッチッ、ジェジェジェ、もう大丈夫」の合図が聞こえてもまだ体がふるえて思うようにお家の中に入ることができません。

やっとの思いでお家の中に転げ込み巣穴からおそるおそる外をのぞくと、シジュウカラの子供達がまだブルブルふるえて枝にしがみついていました。コウモリの子供はみんなが自分と同じなので少し安心しました。

空が薄い水色に変わる頃、人間の子供達が境内に集まってきます。みんな、ワイワイにぎやかなのでもうチゴハヤブサの襲撃はないでしょう。シジュウカラ、ヒガラ、カワラヒワみんなきれいな声でさえずり始めました。

人間の子供達は誰もそのことに気がつきません。でも、シジュウカラの巣穴から顔をのぞかせたコウモリの子供の顔はとってもうれしそうです。これから楽しいことが始まることが、小鳥さん達の歌声からよくわかるからです。そして、いつもは暗くてよく見えない仲間のコウモリの子供達が、あっちの巣穴、こっちの巣穴から顔をのぞかせてみんなわくわくしているのがよくわかるからです。

「ドン、ドン、ドン」太鼓の音でそれは始まりました。

人間のおじさんや、おばさんがいろんなお話を始めます。中には、暗い木のほこらでお母さんから聞いたお話もありました。コウモリの子供はうれしくてたまりません。

でも、シジュウカラの巣穴から、身を乗り出せば乗り出すほどにまぶしくて目をあけていられません。だから、だんだんお話の世界なのか夢なのかわからなくなってしまいました。

「カナカナカナ、カナカナカナ、ジ、ジ、ジ」

気がつくと、ヒグラシが夕焼けの空にその日最後の声を残し、紫の空にコウモリがチッ、チッ、チッとリズムをとりながら、ヒラリヒラリと長者山の森を飛び回ります。

コウモリの子供も元気よく飛び出していきました。