2012年4月3日火曜日

最優秀作品 「お天気相談所」 石橋恭子

八戸童話会 創作童話集 おとぎの森No.3 より



その家は、街路樹の影につつまれるように建っていました。新しくもなく、古すぎてもいません。

ただ「お天気相談所」とかかれた看板がかかっています。

看板の文字は風雨にさらされて読めなくなっていましたから、目をとめる人もいません。

五月。ナナカマドの若葉が石畳に影を落としていました。

その日、ドアをたたく者がいました。幼い女の子と男の子です。

ドアがあいて、眼鏡をかけたおばさんが顔を出しました。

「ここがお天気相談所ですか。」

女の子は、はっきりした声でたずねました。男の子の手を握って立っている二人の姿は、街路樹の木もれ日の中でお人形のようです。

おばさんは、あらっと小さく声を上げましたが、すぐ笑顔になって、

「はいそうです、どうぞ。」

と二人を中に通しました。さわやかな風が吹き込んだようで、窓のカーテンがゆれました。

二人は、ちょこんと椅子にかけました。大きなテーブルをはさんで、おばさんも腰かけます。

「どんなご相談かしら。」

おばさんが眼鏡の中から二人の顔をみつめました。

「ここでは、お天気を自由に変えられると聞いてきたの。お願いです、あした雨にしてください。」

「ちょっと待ってね。」

おばさんは棚からお天気台帳と書いてあるノートを取り出しました。

「あしたは五月八日、月曜日ね。よかった、ちょうど空いていましたよ。どなたからもご予約は受けておりませんから、あなたのお望み通りのお天気にできますよ。」

「でも、お客さんのお望みの日に、お望み通りのお天気にできるのは一時間だけなんです。ですから、あしたは一時間だけ雨を降らせてあげましょう。朝の一時間でいいかしら。」

二人はいっしょにうなずきました。

おばさんはお天気台帳の五月八日・午前の欄に”雨”と書き込みました。

「あのう、わたしたちお金がありません。かわりにこれを・・・・・・。」

女の子がさし出したのは、きれいなガラスのびんでした。びんの中には、うすいピンク色の花びらがいっぱいつまっています。

「まあ、こんなに嬉しいプレゼントは、近頃いただいたことがないわ。ありがとう。料金のことはご心配いりませんよ。それより、この香りなんて素敵でしょう。」

おばさんは、びんのふたをとって、テーブルの上に置くと、酔ったように静かに目をつむりました。

すると、おばさんの目の中に、風にゆれている一株の野ばらのしげみが映りました。もうすぐ咲きそうなつぼみがいっぱいです。けれど、風がかわいていて切なそう。

そう、雨が少し降ったら、この野ばらは、いっせいに花をひらくことでしょう。そして、あたりは野ばらの香りでいっぱいになる・・・・・・・。

おばさんが夢から覚めたように目をあけると、女の子も男の子も、もういませんでした。

いつのまに部屋を出ていったのかしら。

おばさんは、二人が座っていた椅子をなおすと、窓から街路樹の通りをのぞいて見ましたが、二人の姿はみあたりませんでした。

ナナカマドの木の影は、いっそうくっきりとなって、木もれ日はキラキラ光っています。

「そうだ、あしたは雨の後に虹をプレゼントしましょう。」

おばさんは、少しウキウキしながら、お天気台帳の雨の後に”虹”と書き足しました。