八戸童話会 創作童話集 おとぎの森No.3 より
その家は、街路樹の影につつまれるように建っていました。新しくもなく、古すぎてもいません。
ただ「お天気相談所」とかかれた看板がかかっています。
看板の文字は風雨にさらされて読めなくなっていましたから、目をとめる人もいません。
五月。ナナカマドの若葉が石畳に影を落としていました。
その日、ドアをたたく者がいました。幼い女の子と男の子です。
ドアがあいて、眼鏡をかけたおばさんが顔を出しました。
「ここがお天気相談所ですか。」
女の子は、はっきりした声でたずねました。男の子の手を握って立っている二人の姿は、街路樹の木もれ日の中でお人形のようです。
おばさんは、あらっと小さく声を上げましたが、すぐ笑顔になって、
「はいそうです、どうぞ。」
と二人を中に通しました。さわやかな風が吹き込んだようで、窓のカーテンがゆれました。
二人は、ちょこんと椅子にかけました。大きなテーブルをはさんで、おばさんも腰かけます。
「どんなご相談かしら。」
おばさんが眼鏡の中から二人の顔をみつめました。
「ここでは、お天気を自由に変えられると聞いてきたの。お願いです、あした雨にしてください。」
「ちょっと待ってね。」
おばさんは棚からお天気台帳と書いてあるノートを取り出しました。
「あしたは五月八日、月曜日ね。よかった、ちょうど空いていましたよ。どなたからもご予約は受けておりませんから、あなたのお望み通りのお天気にできますよ。」
「でも、お客さんのお望みの日に、お望み通りのお天気にできるのは一時間だけなんです。ですから、あしたは一時間だけ雨を降らせてあげましょう。朝の一時間でいいかしら。」
二人はいっしょにうなずきました。
おばさんはお天気台帳の五月八日・午前の欄に”雨”と書き込みました。
「あのう、わたしたちお金がありません。かわりにこれを・・・・・・。」
女の子がさし出したのは、きれいなガラスのびんでした。びんの中には、うすいピンク色の花びらがいっぱいつまっています。
「まあ、こんなに嬉しいプレゼントは、近頃いただいたことがないわ。ありがとう。料金のことはご心配いりませんよ。それより、この香りなんて素敵でしょう。」
おばさんは、びんのふたをとって、テーブルの上に置くと、酔ったように静かに目をつむりました。
すると、おばさんの目の中に、風にゆれている一株の野ばらのしげみが映りました。もうすぐ咲きそうなつぼみがいっぱいです。けれど、風がかわいていて切なそう。
そう、雨が少し降ったら、この野ばらは、いっせいに花をひらくことでしょう。そして、あたりは野ばらの香りでいっぱいになる・・・・・・・。
おばさんが夢から覚めたように目をあけると、女の子も男の子も、もういませんでした。
いつのまに部屋を出ていったのかしら。
おばさんは、二人が座っていた椅子をなおすと、窓から街路樹の通りをのぞいて見ましたが、二人の姿はみあたりませんでした。
ナナカマドの木の影は、いっそうくっきりとなって、木もれ日はキラキラ光っています。
「そうだ、あしたは雨の後に虹をプレゼントしましょう。」
おばさんは、少しウキウキしながら、お天気台帳の雨の後に”虹”と書き足しました。