タカシは、一面に草がひろがる野原を横切ろうとしました。それが家へ帰る近道なのです。
「あれ、おかしいな?今朝ここを通ったときは、こんな建物なかったのに。」
そこには、古めかしい小さなお店やさんが建っていました。タカシは不思議に思いながら、その店の窓からのぞきこみました。変な形のツボ、カメのおき物、ぶ厚い本、そのほかいろいろと不思議な物ばかりあります。
その中で、タカシは木でできている地球儀から目が離せなくなりました。
ギギギィィィィ、木の扉を開けて中に入ってみると、
「おやおや、珍しい。子供のお客さんだ。」
部屋の奥から、しわがれた声がしました。
そちらを見ると、白いアゴヒゲのはえたおじいさんが、イスに座ってこちらを見ています。
「おじいさん、僕、あの地球儀が欲しいんだ。」
「ほほう、あの地球儀か。」
「うん、いくらするの?」
「金か?金はいらん、お前さんにやるよ、持っていきなさい。」
そう言って、おじいさんはヒゲをなでました。
「ありがとう、おじいさん。」
タカシは手を振って、その店を後にしました。
家につくと、タカシはそっと自分の部屋へ行きました。
お母さんに、この地球儀が見つかったら、汚いから捨ててきなさいと言われるに違いないと思ったからです。
夏休みに入って5日目の日、タカシは、プールの帰りに猫を見つけました。
「お前、かわいいな。名前はなんてゆうんだ?タマかなぁ、ミケかなぁ。」
そう話しかけながら、猫の前にしゃがみこみました。
すると猫が、「俺の名前はムウだ。」と、日本語でいったのです。
タカシは驚いてしりもちをつきました。
「これは夢なんだ。夢なんだ。」
「夢じゃないよ。」
ムウと名のったその猫は言いました。
「なんで、猫のくせに言葉をしゃべれるのさ。」
タカシの声は震えていました。
「ジュンちゃんちの猫はニャーとしか鳴かなかったぞ。]
「俺は、金星にある学校へ通っていたから、そこで人間の言葉を習ったんだよ。他にも、二本足で歩く練習とか、空の飛び方とか。」
そう言うと、ムウは二本足で立ち、胸を張りました。
そのかっこうが、あまりにもえらそうだったので、タカシは思わず笑ってしまいました。それでもムウは、話しを続けました。
「タカシにたのみたいことがあるんだ。ここの近くに野原に建っている古いお店があるだろう。そこのおじいさんは、実は金星から来た旅人なんだ。地球に旅行しに来たはいいが、その時、地球のどこかに、金星に帰る扉の鍵をなくしてしまったんだ。」
「ええ?地球のどこかにだって?そんなの探すのが大変じゃないか。」
「そうなんだ。だからいっしょに探してほしいんだよ。この紙にその手がかりが書いてあるんだけど・・・・。」
そう言うと、ムウはタカシに白い紙を渡しました。そこには[南極]と書いてありました。
「ねぇ、なんて書いてあるんだい?俺はまだ人間の言葉を読む勉強をしていないんだ。」
「南極・・・・・だって、確かにここらへんに・・・・・。」
タカシは地球儀をぐるぐる回して、その場所をムウに教えてあげました。
「よしっ、そこへ行こう。」
ムウはタカシの手をとると、ツマヨウジ程度のピンクのステッキで、地球儀の南極の場所をさしました。
するとどうでしょう。体が地球儀の中に吸い込まれるではありませんか。
パッと目がさめると、そこは雪だらけの所でした。寒くて寒くて、ガチガチ震えてしまいます。
「ムウ、早く帰ろう。」
そう言ってムウを見ると、ペンギンと話しているムウも震えています。
「うん、早く地中海へ行こう。ペンギンが[地中海にあるらしい]って教えてくれたんだ。」
タカシは腕に抱えていた地球儀をグルグルと回して、地中海を探し始めました。
「あった。」
そう叫ぶと、ムウはまたさっきのように、ピンクのステッキをそこへさしました。
ザザザンザザザンザザーン。波の音でハッと我に返ると、海のど真ん中にいました。
どうやら、クジラに乗っているようです。ムウはなにやらクジラと話しています。
タカシは怖くなりました。なぜから、泳げないからです。それにお腹もすいてちからがでません。
「ムウ、怖いよぉ、お腹すいたよぉ。」
「まぁ、ちょっと待って。」
ムウは一通り話が終わると、クジラに合図するかのように、パンパンと二回背中をたたきました。
すると、クジラは噴水のように[しお]を噴き出し、ムウとタカシはポーンと飛ばされて、スタッとイスの上に着地しました。目の前には、ごちそうが並んでいます。
「ここの魚料理はうまいんだよ。」
とムウは舌なめずりをしました。食べながら、ムウはクジラからきいた話しをしました。
「アメリカだ。潮の流れでアメリカに流れちまったようなんだ。」
「僕、アメリカの位置なら知ってるよ。」
「じゃあ出発するとしよう。]
気がつくと、タカシはずい分と高い所にいました。
遠くにあるたくさんのビルもはっきり見ることができます。
ムウは、今度は小鳥と話しをしています。
ここはどこだろう?タカシはキョロキョロと辺りを見まわしました。下をのぞき見ると、大きな目が二つ。
[ここは、自由の女神像の頭の上かぁ]
と分かると、タカシは妙にうれしくなりました。前に一度テレビで見たことがあるからです。ドキドキしていると、ムウが叫びました。
「次はオーストラリアだ。女の子が風船に結びつけて飛ばしてしまったらしい。さぁ、行こう。」
「ちょっと待って。」
「なんだよ。まだ腹がへっているのかい。」
「そうじゃないんだ。僕は自由の女神様様に別れのあいさつをしたいんだ。」
ムウにつかまって空を飛びながら、タカシは女神様の頬にキスをしました。
「アメリカの人って、こうやってあいさつするんでしょ?」「さぁな。」
そろそろオーストラリアへ出発です。
オーストラリアではムウはコアラに尋ねているようです。その頃、コアラのようにユーカリを食べてみたくなり、手を伸ばしていました。コアラの食べているのを見て[おいしそうだ]と思ったのでしょう。
「にがいっ。」
ペッとそれをはきだしてしまい、[チョコレートの方がうまいな]とブツブツ言っていると、ムウは力なく言いました。
「今度は日本だ。」
「に、にほん?」
「うん。渡り鳥がくちばしにくわえて持っていってしまったんだって。」
日本に着くと、ムウはさっそく猫や犬にききまわりました。けれど、みんな首をふるばかりです。とうとうムウは泣きだしてしまいました。
「ムウ、元気だしなよ。きっと見つかるよ。」
タカシは励ましましたが、ほとんど鳴き声です。二人は泣きながら家へ帰りました。
夜、窓ごしに星をながめながら二人は様々な話しをしました。
「ねぇ、ムウ。ムウはすごいね。いろんな動物と話しができちゃうだもんなぁ」
「なんでタカシはできないのさ。」
「なんでだろう・・・・。あっ、流れ星。流れ星にお願い事三回言うと叶うんだってよ。」
「鍵が見つかりますように。鍵が・・・・・ああぁ、もう消えちゃったよ。」
ムウとタカシは深いため息をつきました。と、その時、タカシは庭の木の枝に、キラリッと光るものを見つけました。
「ムウ、ムウ、あそこの枝で光っているの何かなぁ。」
ムウは飛んで行って、それを手に持つなり叫びました。
「おぉ、これはあの扉の鍵だ。やった、やったタカシ。ヤッタゾ。」
それは、まさしくきれいな彫刻のほどこされた扉の鍵でした。ムウとタカシは跳ね上がって喜びました。けれど、ムウも金星に帰ってしまうと思うと、タカシはとてもかなしくなりました。
次の朝、ムウとタカシは、その鍵をおじいさんの所へ届けました。
「ムウ、よくやった。お前の望みを一つ叶えてあげよう。」白いあごヒゲのおじいさんは、とてもうれしそうにそう言いました。
「はい、わたしの願いは・・・・・。」
ムウは、おじいさんに耳うちをしました。
金星へ帰る扉が開かれました。中からは虹色の光が輝いています。お別れの時です。
「また会おう、タカシ。」
ムウとおじいさんは、光の向こうへ消えました。
翌朝、あの古いお店のあった場所へ行くと、そこにはもうなにもなく、ただ、気持ちの良い風がそよそよと草の上を吹き抜けて行くばかりです。「ミュー」。風の音にまじって子猫の声がしました。そこへ近寄ると、ムウにそっくりの猫がいます。
「ムウ!お前、ムウじゃないか。」
「ミャー。」
タカシは、その猫に[ムウ]と名付け、抱きかかえながら家に帰って行きました。